17 横浜大空襲…みんな知らない衝撃の裏事実
5月も下旬になってくると、
横浜大空襲のことを思い浮かべ、
戦争が身近な問題として、
いろいろ考えさせられる私…。
3月10日は、東京大空襲、
4月15日は、川崎大空襲、
そして、
5月29日が、横浜大空襲。
メディアで多く取り上げられるのは、
東京大空襲の話。
なので、
横浜に住んでいても、横浜大空襲のことを
あまり知らない人が多い。
そういう私も、まだ、生まれていない話で、
横浜育ちでもないので、
しばらくは、知らなかった。
そんな私が、横浜大空襲のことを
勉強してみようと思ったのは、
横浜みなと博物館の
ポランティアガイドをしていた時。
常設展示の中に、
戦中戦後の横浜港の様子と、
壊滅的な打撃から、どう復興していくか、
教えてくれる展示物がたくさんあります。
歴史博物館ではないので、
港の出来事を中心に展示に。
空から攻撃は、絨毯爆撃と呼ばれるほどの、
ありとあらゆる場所に行われ、
街の上空写真は、
真っ白な煙で覆い包まれています。
そんな中にあって、
攻撃されていないところがありました。
それは、港の設備。
そして、山手の外国人が多く住む所。
なぜ、港の設備は、残されたのか?
その理由は、東京に港がなかったから。
関東大震災の後、
港を作ろうという機運が生まれたけれど、
横浜に比べたら、まだまだ。
大きな軍艦が接岸するなら、
やはり、横浜しかない。
そのため、戦後の交渉をするための、
上陸地点を確保する必要があったのです。
それで、横浜港は、無事だった。
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
ガイドとして話すのは、そこまで。
でも、自分なりにもっと深く知りたくて、
いろいろな本を読み、勉強しました。
中でも、あっと驚くのが、
横浜の本屋、有隣堂が出版している、
冒頭の写真の本です。
「大空襲 5月29日─第二次大戦と横浜」
私たちが知らない、驚愕の事実を
世に知らしめました。
横浜大空襲の前日、つまり5月28日、
アメリカ軍のある会議で、あることが決まった。
それは、なんと、
横浜が、原子爆弾の投下目標の候補地から、
外されたのでした!!
外れた?
と、言うことは、その日までは、
なんと、横浜は候補地の1つだった…という事実。
この本を買って、読んでみるとわかるのですが、
その辺りの経緯が、事細かく書いてあります。
会議は、初め17の候補地だったところから、
絞られていく過程は、ゾクッとするものでした。
それは、「マンハッタン計画」という暗号名で、
4月から、本格的な議論がなされ、
候補地がいろいろ移り変わっていったという。
第1回目は、広島、八幡、横浜、東京だったが、
第2回目からは、京都や小倉、新潟が加わり、
この時点で、八幡が外れた。
第3回めの5月28日、横浜と小倉が外れた。
第4回目に、最終的な目標選定に入り、
ある委員が、京都を目標とすることに
強く反対したと言う。
そんな経過をたどって、
最終決定された4つの候補地は…、
広島、小倉、新潟、長崎。
実際の出来事は、
すでに、皆さんご存知の通り、
ウラン原爆と、プルトニウム原爆が
それぞれ、広島と長崎に投下された。
この事実を知った私は、それ以降、
広島や長崎の原爆記念日を迎える度、
とても、他人事とは思えなくなり、
原爆が非常に身近なものとして、
感じるようになりました。
もしかしたら、
横浜に投下されていたかも?
もしかしたら、
京都に投下されていたかも?
議論の詳しい内容はわかりませんが、
横浜は、帝都東京の、海の玄関口。
それを破壊したら、上陸できなくなる。
そして、地形的な理由もあったかも知れない。
山手の丘と、野毛の丘が左右にあって、
投下の効果性が薄れるのかも?
京都については、
その文化的な価値を失いたくないと、
感じるところがあったのかも知れない。
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
日本人にとっては、
京都であろうと、どこであろうと、
そこに住んでいる人々にとっては、
かけがえのない故郷。
なにものにも変えられない、唯一のもの。
広島と長崎で犠牲になられた方々の、
ご冥福をお祈りします。
今日は、5月29日の横浜大空襲の日を前に、
おそらく、皆さんが知らないだろう
と思ったので、
本の紹介をさせていただきます。
有隣新書で、
「大空襲 5月29日─第二次大戦と横浜」を
ぜひ手にとって読んでください。
by ころりん
✳️先日、有隣堂に行ってみたら、ありました。
冒頭の写真は、
店員さんの許可のもとで撮影したものです。
✳️横浜大空襲については、横浜みなと博物館
(青い文字をクリックすると、⬆️
リンク先へ飛びます。)
の展示も参考になります。
ぜひ、見学に行ってみて下さいね。
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