投稿

ラベル(C 旅の思い出)が付いた投稿を表示しています

133C 船旅とドレスコード

イメージ
日本船や外国船、いろいろな船に乗ってわかった、 船旅とドレスコードについて、 私目線で、分かりやすく解説します。 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ もう、20年も前の写真で、お恥ずかしい。 でも、 これから、初めて、クルーズ船に乗ろう! と思っている人に、参考になればと思います。 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ 最近のクルーズ船は、 大型になるほど、カジュアル感が高く、 ドレスコードを意識させない船が多くなっています。 それはそれでいいのですが、 船旅の楽しさは、 ドレスコードがあってこそ。 格式の高い船は、きちんとしたルールがあり、 それに従えばいいわけですけど、 服装の指定が少ない船であっても、 私なりのドレスコードを持って、服選びをします。 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ まずは、ドレスコードとは…? ドレスコードは、まず、前提として、 昼と夜の区別をきちんとすること。 指定のない日でも、その気持ちは忘れずに。 特に、夜の食事、ディナーは、 社交の場としての礼儀を服装で表すもの。 どのクルーズにも必ずあるのは、 船長主催のパーティーです。 乗船した日には、ウェルカム・パーティー。 下船前日には、フェアウェル・パーティー。 「フォーマル」と指定があれば、 男性は、タキシードや、着物。 女性は、イブニング・ドレスや、着物に。 正装ほどの仰々しさは、必要がないのですが、 自前の服の中から、 礼儀を最大限に表せる服選びをすることが大切。 もしも、そういう服がなくて、 これからも、クルーズ船に乗り続けたいと、 思うのであれば、 この際、1着購入してみては、いかがでしょうか? 今回限りであれば、 レンタル・サービスを利用してもいいし、 手持ちの服で、上品さをupする工夫もできます。 外国の大型船の中には、 ドレスをたくさん揃えた売り場もあり、 値段もリーズナブルな設定が多いですね。 船長主催の2つのパーティーに、 同じ服装でも構わないですが、 男性なら、ネクタイを蝶ネクタイに変えるとか、 女性なら、最初は、ストールをかけて、 次は、ストールを外して、とすれば、 目新しさが出ます。 オススメは、 ウェルカム・パーティーはシンプルに。 フェアウェル・パーティーは、派手に。 ...

113C 明日はチュニジア戦&思い出のチュニス

イメージ
明日は、サッカーワールドカップの日本の試合の日。 チュニジアの監督が、突然、代わったのが、 とても気になる~。 死に物狂いで、アタックして来そう。🙄 油断するなよ~。 でも、大丈夫。 我が家の金色の八咫烏は、勝利を導く神様。 私もTVの前で、八咫烏様と一緒に、 サムライジャパンを応援するわよ! ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ チュニジアと言えば、 私、チュニスに行ったことあったわ。 写真も、何も、捨てちゃったけど、 船長にお願いするサイン帳は、捨ててない。 自分の誕生日を祝うために、 地中海クルーズの船に乗船したの。 コスタ・パシフィカというイタリア船。 11月下旬で、日本も、ヨーロッパも、 冬の入り口で寒くなり始めた頃。 でも、チュニスやマルタは暖かそう。 旅の前に、 現地の気温や、日々のドレスコードを調べ、 服装計画を立てる私。 チュニスに行った時は、何、着てたかしら? 右下の真ん中。 あ、カサブランカのTシャツだ。 これは、以前、カナリア諸島クルーズに行った時の、 アフリカのカサブランカでお土産に買ったもの。 (でも実際には、モロッコで買ったTシャツを着た私。) 私は、シャトルバスで、市街地のメディナへ。 スーク(市場)へ行って、アラビア語で挨拶。 水パイプの置物が素敵だったので、値段を聞いたわ。 75ユーロ。 ガーリー(高い)、ガーリー(高い)! と行って、立ち去ろうとすると、 男の店員は、私の手をガシッとつかんで、言ったの。 35ユーロ、OK? えぇっ?!この下がりようは、何よ? 日本円で4,000円ほどだ。 まだ、高過ぎて買えない。 相手にせず、立ち去ろうとすると、 ビニール袋に品物を入れて、私に持たせようとする。 20ユーロ、OK。 なんて、下がり方!笑っちゃうわ。 びっくりはしたけど、もう、買う気はなくなり、 また、あとで、と言い残して、その場を離れたわ。 こういう経験は、何度かしたので、 皆さん、 決して、言い値で買ったりしないようにね。 今思うと、20ユーロなら、買っても良かったかな? この後、Tシャツも、 20ユーロから5ユーロに負けさせた私。 この、交渉が楽しいんだな~。 でも、彼らにも生活がかかってるから、 あまり、負けさせるのも良くないし、 買う気がないのに、交渉するのも、ダメ。 カサブランカのお店は、...

105C 両陛下オランダ訪問&思い出のアムステルダム

イメージ
天皇皇后両陛下オランダご訪問のニュースを youtubeで見ながら、 20ほど前に、オランダを訪れた思い出が、甦る私。 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ あなたも、ニュースでご存知のように、 両陛下は、アムステルダムの王宮にご宿泊になり、 その前にある、ダム広場で歓迎式展に臨まれました。 この時、日本人学校の子供たちにお声をかけられ、 陛下自ら、ロープを外されて、 一緒に記念撮影。 温かなお心遣いを感じさせる 場面でしたね。 日本とオランダの友好は、400年以上も長く続き、 オランダは、日本と世界との架け橋として、 重要な存在でした。 しかし、日本は、先の大戦で、 オランダ領インドネシアに侵攻した過去があり、 両陛下は、戦没者慰霊碑に献花し、 深々と哀悼の意を捧げる姿に、心打たれました。 晩餐会での陛下のスピーチも、 平和への努力を続ける意思を強調されていましたね。 その後で、両国対戦のサッカーの話題に移り、 ピースフルな結果となって、ほっとしたと、 ジョーク混じりに話され、陛下のお人柄を感じました。 雅子さまの装いに、いつも興味深く関心を寄せている私。 今回も、気品と優雅さがあり、素晴らしかったわ。 オランダの国旗の色に合わせた青の色使いで、 晩餐会の装いにも、それが表れていましたね。 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ アムステルダムと言えば、 東京駅のモデルとなったアムステルダム駅のあるところ。 確か、辰野金吾がデザインしたんだっけ? 私は、鉄道ではなく、 船から、アムステルダムに上陸。 (もう、20年近く前の話よ。日本から出発したの。) 当時としては珍しかった電動折り畳み自転車でね。 その相棒の名前は、Rover。(イギリス生まれ) 駅前の新聞スタンドのおばさんに、 日本から来た、と言ったら、 ふざけて、びっくりするふりして、こう言ったの 。 えっ?日本から?その自転車で?! わかりきったジョークに、私も大笑い。😀 アムステルダムの人の第一印象は、明るい国民性。 アムステルダムは、自転車の街。 街中、自転車だらけなのよ。😮 だから、おばさんも、自転車に乗る私を、 同じ仲間として、歓迎してくれたのかもね。🙄 そこから、自転車で、左回りに街を一周。 王宮のあるダム広場で、小休止した後、 遊覧船に...

55CD 「おおシャンゼリゼ」…ヤマハの6月の曲

イメージ
  明日は、ヤマハをお休みするので、 6月の曲を予習しておこうっと。 ヤマハのシニア向け音楽教室、 「健康と歌」に通い始めて、3か月の私。 元々、歌は得意じゃなかったけど、 健康になりたくて、始めたの。 病気のオンパレードで、 去年は3回入院し、2か所手術したんだ。😮‍💨 この2年間、腹痛が続いていたので、 腹筋を弛めた残念な生活をしていた私。 歩けないし、人と話すこともないし、 全身の筋肉が衰え、 口の回りの筋肉や声帯も、ゆるゆる~。 なので、 とても、とても、 歌なんて歌えたもんじゃなかった。 でもね、ヤマハに通ううち、 少しずつ、声が出るようになってきたの。 上手下手はともかく、 歌うことによって、健康になれるなんて、 ほんとに嬉しいわ。 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ さてと、 ぼんやり、お休みするのも、なんなので、 ちょこっと予習でもしようかな。 ヤマハからは、テキストとCDをもらってるけど、 その前に、youtubeで原曲を楽しんでみたい。 6月の練習曲は、 仲間からころりんに、 リクエストするよう言われたので、 「おおシャンゼリゼ」をリクエストしたんだ 。 日本で流行ったのは、1970年代かな? 日本語で歌うダニエル・ビダルの、 キュートな声が懐かしいわね。 youtubeでは600万回以上、再生されてるわよ。 ふうん、今でも、シニアには人気なんだ。🙄 この曲、 1~2年前、ボイストレーニングをしてた時も、 習った曲。 ちょうど、パリ五輪があったりしたから。 その時、調べたんだけど、意外なことが分かったわ。 開会式などで、 フランスの人が誇らしげに、この曲歌ってたでしょ? まるで、フランスの曲のように。 でもね、 実は、この曲は、イギリスの曲だったのよ。 原題は、「ウォータールー通り」 (歴史の時間に、 ワーテルローの戦いって、習ったじゃない? それは、ベルギーなんだけど、 同じ名前の地名がイギリスにもあるの。) この曲は、イギリスで、1968年に作られたけど、 すぐ、翌年には、フランスで、 「オ・シャンゼリゼ(エリーゼの園には)」 というタイトルで発売されたの。 原題を使わなかったのは、なぜか? 1815年、ベルギーのワーテルローで、 イギリスとフランスの戦いがあって、 ナポレオン軍が イギリス軍に打ち...

6C 私の相棒 WHILL&思い出のROVER

イメージ
  これが、私の相棒の WHILL (ウィル)。 4年くらい前に、youtubeで、 フランスベッドのリクライニング電動ベッドを よく検索して見ていたら、オススメで、 電動車椅子WHILLの動画が流れてきました。 その頃は、まだ歩けていたけど、 いずれ必要になると思い、 自転車代わりに買いました。 その後、変形性股関節症が悪化。 持病の腰痛もひどく、 すぐに、歩けなくなりました。 一番困るのは、物を運ぶことなんです。 でも、良かった、車椅子買っておいて。 車椅子メーカーの中で、WHILLを選んだのは、 日産の若手デザイナーなどが 10年ほど前に立ち上げたベンチャー企業だから。 体の自由が利かなくなった人が、 すぐ目の前のコンビニにさえも行けずに 行動範囲が狭まり、 日常生活のQOLが下がってしまうのを 見聞きしたからなんです。 困ってる人のために、頑張ろう、と。 その心意気が、気に入ったわ。 よし、この会社を応援しよう。 街中で、WHILLに乗っていると、 よく声をかけられます。 かっこいいね! これまでの車椅子のイメージを払拭する スタイリッシュな見栄えも、 私のお気に入りなの。 さすが、日産のデザイナーらしい。 私が選んだのは、Fタイプ。 これは折り畳みができる。 だから、 マンションの狭い玄関にも、置けるの。 それが、Fタイプにこだわった理由です。 (ふふ、お婿さん探しの条件みたいだわ。) どこに行くにも、私とWHILLは一緒。 私を助けてくれて、 なかなか気の利く相棒なんです。 相棒と言えば、 その前の Rover を思い出すわ。 20年ほど前、電動自転車が珍しかった頃、 東急ハンズで買ったの。 これも、かっこ良くて、機能的。 イギリスのランドローバー製で、 折り畳みのできる、電動自転車。 たぶん、ランドローバーのトランクに乗せて、 週末を郊外で楽しむために作られたのでしょう。 これは、 初代飛鳥 の、 年越し サイパンクルーズ のために買ったの。 最初の寄港地が、 父島 と知った私は、 初めて行った20代の頃を思い出しました。 あの時、貸し自転車で島内巡りしたら、 坂道の上り坂が、けっこう、きつかったっけ。 それで、電動付きが良いと思ったの。 実際、飛鳥のキャビンに、 折りたたんで持ち込むことができ、 あまり邪魔にもならず、...

3C ウシュアイア&テネリフェ

イメージ
ハンタウイルスの死者が出たとして 今、世界中で注目の的となっている クルーズ船、MVホンディウス号。 オランダ船籍の、極地専用のクルーズ船です。 今回は、第一目的の南極を目指し、 帰りに島巡りを楽しむつもりだったらしい。 最初に感染した場所が、 ウシュアイア と聞いて、 私、びっくりしました。 えっ?ウシュアイア?! 懐かしい~。 そうなの。実は、私、 ウシュアイアに、2度行ったことがあるんです。 どちらも、南米大陸一周クルーズで、 東周りと西周り、別の船で。 そこは、南アメリカ大陸の尖端で、 ホーン岬Cape Horn の近くにある港町。  (オルノス岬Cabo de Hornors) ここの灯台を船で2周しましたが、 太平洋と大西洋の分岐点になるのが、 この灯台なんです。 地の果てと言ってもいい、ウシュアイアの町。 ブラついて、私が見つけたのは、監獄! 今は、もう、使われてなくて、 なんと、博物館になっていました。 好奇心旺盛の私なので、 もちろん、見学したわ。 レイアウトは放射状になった造りで、 一人の監視員で全体が見渡せるようになってる。 私、独房の中にも入ってみたのね。 壁には、スペイン語で落書きしてあった。 心の叫びの、その筆跡が生々しい…。 ちょっと、ゾクッとしたわ。 ウシュアイアの観光センターでは、 地の果て到達の証明書も発行してくれます。 何の役にも立たないけど、 自慢したい人は、後生大事にするでしょう。 でも、私は、断捨離した時、あっさり処分。 思い出は、心の中から消えることはないから。         ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️ そして、今日のテレビは、 ハンタウイルスの感染者を乗せた船が、 カナリア諸島の テネリフェ島 へ到着し、 それぞれの帰路に立ったと言ってました。 このテネリフェも、懐かしい。 アフリカ大陸の、西側にある島々の一つ。 スペイン語でIsla de Tenerifeと言うんだけど テネリフェとは、火山のある島という意味。 町歩きをすると、どこへ行っても、 富士山級の高さを誇るテイデ山が見える。 私が行ったのは、冬だったけど、 カナリア諸島は温暖な気候なので、 日本で言ったら、ハワイ。 乗客は、ヨーロッパの人々、 特に、北欧の人々が多かった。 それで、よくデッキチェ...