174A 遠距離介護:母の死と父の変化

昨日7月15日は、母の命日。

亡くなって、もう、34年にもなる。

今日は、その日の出来事と、

その後の父の世話などについて、書こうと思う。

まだ、介護休暇というものがなかった時代の話。

仕事と介護の両立の難しさを感じながらも、

試行錯誤で乗り切った、40代前半の私の姿を

正直に綴って行きたい。


こういう問題は、日本中どこにもある話。

でも、若い時に知っておくと、

後で役立つことも多いのではないかと思う。


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7月15日の朝、

出勤間際の忙しい時間に、電話が鳴った。

岩手の父からだった。

いきなり、母が亡くなったと告げられて、

言ってることの意味がつかめない私…。

聞き返そうとしたら、

父は、畳み込んで、詳しい状況を説明し出した。

どうやら、冗談ではないらしい。

母は、朝食の準備をしていて、

とつぜん、ウー!と唸って、卒倒したらしい。

突然死だった。


知らせを受けて、すぐ、帰ってあげたいところだが、

しばらく休暇を取るとなると、

仕事の段取りをつけておく必要がある。

そんなわけで、

実家に着いたのは、夕方になってしまった。

すでに、親戚や近所の人が手伝ってくれていて、

物事は進んでいた。


遅くなって、申し訳ありません。

いろいろと、ありがとうございます。


こんな時、近くの親戚のてきぱきとした姿に、

何もわからない私は、従うばかり。


⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️


間もなく、弟もやって来て、

当面やるべきことなどの相談が始まった。

弟は、さっと、紙とペンを出し、

みんなから言われた、やるべきことを、

箇条書きし始めた。

すでにやった事柄は、チェックを入れ、

明日やるべきこと、誰が何をするかなど、

段取りを付けていった。


今では、私も、当たり前にやっているTo Do List。

あるいは、Task管理。

この時、初めて知ったのだった。

弟が仕事で身に付けた、そのやり方は、

頭であれこれやるのと違って、落ちがなく、確実。

物事を洗い出すことによって、

他にもやるべきことがあることに、気付く。


やるべきことが次々沸いてきて、

頭がパニックになりそうな私も、冷静になれた。

頼りがいのある弟の、言うことに耳を傾けた。


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葬式は、お寺の本堂いっぱいに人が集まった。

弟の同僚も数人、弔問に訪れていて、

弟に、こう言ったそうだ。


普通の家庭の主婦の葬式に、

こんなに大勢の人が参加するのを見たことがない!


そんなものかどうか、私はわからないが、

弟は、言った。


生前の付き合いの良さが、

こういう時に表れるものなんだよ。

お父さんも、お母さんもね、良くやったと思うよ。


なるほど。そういうものなんだ。

死んだ時、その人の価値がわかる。

私も、死んで惜しまれる人にならなくては…。


⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️


父は、身の回りのことを、母に頼りきっていたので、

一人で何もかもやるのは、大変なことだし、

何と言っても、一人ぽっちは寂しいに違いない。

そう思った私は、年休を目一杯使って、

できるだけ長く、父のそばにいることにした。


休暇も終わり、仕事に復帰した私は、

毎朝、電話をかけて、父の安否確認をしながら、

2週間に1度の割合で、岩手に帰った。

新幹線の駅に迎えに来る父は、

私の姿を見つけると、満面の笑顔で手を振った。

私が帰る時の父は、口数も少なく、

駅に向かう私を、静かに見送った。

父の本心は、わかっていた。


たった2日しかいないで、もう、帰るの?

もっと、いて欲しい…。寂しいよ。

そばにいて、もっとお父さんを助けてよ。


その気持ちを感じながらも、

どうすることも出来ない私…。


今、仕事をやめるわけにはいかないのだ。

年金が貰える保障は、何歳からなのか?

仕事を止めて、田舎に働き口はあるのか?

父も大事。私の生活も大事。

新幹線通いで、お金はかかるけど、

自分の老後のことを考えれば、

退職するよりは、まだ、いい。


親戚の人たちも、それがわかっているので、

退職してはいけないと、皆、私を諭した。


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そう納得しつつも、

日曜日がなくて、平日の連続というのは、きつい。

でも、40代前半だったので、なんとか、できた。

あれが、50代、60代だったら…、自信はない。


父の世話で、遠距離介護を続けたのは、

たまたま、やれたから、やったまでで、

出来ない事情の中で、無理する必要はないと思う。

それぞれの家庭事情の中で、考える。

共倒れになってはいけない。


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父のお世話を、してくれる人が見つかった。

週に1回だが、ボランティアで家事をやってくれる。

ありがたい。

話し相手にもなってくれるので、

父の表情も明るくなった。

それでも、田舎の冬は厳しいので、

冬の間だけ、横浜に来て貰うことになった。

これはこれで、安心ではあるけれど、

私の生活が、さらに忙しくなった。

家で留守番させてばかりは、退屈だろうと、

日曜日には、お弁当を作って、

高齢者が集まるセンターに連れていった。

父は、囲碁が趣味なので、囲碁のグループに参加。

その間、私は、同じ施設の図書館へ。

父に友だちもできて、嬉しそうだった。


でも、都会のマンション暮らしで、

人との交流が少ないのは、

父にとっては、不本意な暮らし。

田舎に帰ると、ほっとする、

と、回りの人には言っていたらしい。


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母の一周忌が過ぎ、三回忌が過ぎて、一段落した頃、

年末年始の休暇で帰省した時、

父の異変に気がついた。

いつもなら、起床後にすぐ、新聞を取りに行く父が、

その日は、新聞のことを忘れていた。

不思議に思った私が、新聞を父に手渡したが、

その後、いつもと変わらない生活が続いた。

正月休みも終わり、横浜に戻って、

また、仕事の毎日が続いた、ある日の早朝4時。

電話がけたたましく鳴って、叩き起こされた。


老人保健施設からだった。

そう言えば、実家から帰る時、

その施設に、冬の間だけ、お世話になるために、

入所するのを手伝った私。


ころりんさんのお父さんが、脱走しました!

窓から出て、いなくなったので、

至急、来てください!


えっ、えぇっ?!脱走した?!


何がなんだか、言ってることの意味がわからず、

私の頭はパニクった。

ともかく、急がねば…。

私は、入所の書類の、

保護者欄に、自分の名前を書いていた。

私は、この時から、

父の保護者として、責任を負う立場になっていた。


田舎に着いたのは、午前10時頃。

その頃には、父も、見つかり、ベッドで休んでいた。


それにしても、なぜ?

窓から飛び出る?あの、父が?

ちょっと、考えられない。

もしかしたら、何か間違えて、怒られたのかしら?

部屋を間違える可能性は、ありそうだ。

人に怒られるなんて経験、父はないから、

びっくりしたんじゃないかしら?

あ、もしかしたら、認知症?

普通の人なら、注意されたことを納得できるけど、

認知症になっていたら、

怒られたことの、理解が出来ないかも知れない。


父は、こう言っていた。


この施設は、良くない。

恐ろしい所だ。

帰りたい。


出来事をうまく説明できなくて、

感情だけが残っている。

やっぱり、怒られたんだろう。


この日から、私は、父の健康記録を付け始めた。

認知症が始まったかも知れないからだ。



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この施設は、父が自分で探してきて、

冬の間だけのつもりで、入所した。

でも、こうなると、3か月で退所となった後も、

また、新たに、入所手続きをして、

お世話になるしかない。


3か月ごとに、入所退所を繰り返し、1年が過ぎた頃、

老人ホームから電話が入り、入所を勧められた。

その頃の父は施設に慣れ、楽しく活動にも参加。

私も気に入っていた。

勧誘を一度お断りしたら、

2度目の電話でこう言われた。


これを断ると、もう、入所の道はなくなりますよ。


えっ?!それは困る。

この先、看護の必要があるかもしれない。

どうしよう?

本当は、今のままがいいけど、

永久に、3か月退所を繰り返すわけにもいかないか?


迷いに迷った挙げ句、入所することに、同意。

老人ホームは、人里離れた場所にあり、

老人保健施設のような明るさはなかった。

入所の時の父は、身の回りのこともでき、

話も、普通に近かったし、

特に、心配なことはなかった。


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3か月ごとに面会に行くたび、

施設のお年寄りの顔が、どれも無表情で、

私には、なんだか、不気味だった。

相互に会話もせず、ただベンチに腰かけているだけ。

そんな淀んだ空気から出そうと、

父を車椅子に乗せて、外を散歩した。


そんな面会を繰り返していると、ある日、

向こうからやってくる父の顔が、真っ赤に。


お酒でも、飲んだのかしら?


看護師さんに言ったら、熱があるみたいだった。

帯状疱疹で、入院。

まだ、この頃は、言動に大きな問題はなかったが、

次第に、認知症の度合いが進んでいくことになる。

退院して、老人ホームに戻ってからが…。


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認知症になった父のことや、

私の関わり方については、

また、改めて書くことにしましょう。


親は、子供にとって、とても大切な存在だけど、

いつまでも元気でいると思ったら、大間違い。

ある日、突然、私のようなことが起きるから。


もしも、あなたの親に何かあったら、どうする?

兄弟や親戚、近隣の人々との付き合いは、

そんな、もしもの時に、良くも悪くも影響する。

日頃から、回りの人との関係を、

密にしておくことが大事ね。


                             by  ころりん


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