272L コラム&エッセイ(9)「天と地」

 


                            天と地


    本屋で本を買ったりすると、昔、アルバイトしてい

た時のことを思い出す。

   そこは、大学近くの小さな本屋で、店主の小遣いを

少しでも増やそうと夕方の六時から九時までの間、

学生アルバイトを使っていた。私も頼まれて、週2回ほ

ど働いていたけれど、忙しいのはせいぜい七時半頃ま

でで、八時台になると客は数えるほどしかいない。

    客の中には変な人もいて、エッチな本を買おうとし

て、私の顔を見た途端、慌てて引き返す青年もいた。

中には、本も買わずに、チョコレートやキャンディを

くれたりする客もいて、そういうのは、たいてい暇な

学生だ。

   「名前、なんて言うの?」

などと聞いてくるが、私は笑ってごまかすだけだ。

    客の中には、お金を出さないでツケで買う客もい

る。それは、たいてい、医大生のお金持ちだった。高

い本を何冊も注文するので、店主にとっては上得意。

医大生様さまだ。

   そんなある夜、男の客が一冊の小説本を選ぶと、レ

ジに出した。

「千円になります。」

私が本にカバーを掛けていると、学生風のその客は、

言った。

「すみませんが、これでお願いします。全部で千円あ

ります。」

台の上には、 びっしり一円玉の詰まった、お酒の一升

瓶が乗っていた。


                          1996年(平成8年)11月


                                        ころりん   47歳


⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️


❮講評❯

⭐️いいお話です。最後の所が、もっと膨らんでるとい       いんですが。

⭐️買った小説本の書名は?


⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️


今回も、添削してもらったのに沿って書き直した。

講師は、

最後の1円玉の話を膨らませたいと言っていたけど、

600字では、この程度しか書けない。

膨らますとしたら、削るのは2段落目あたりか?

3段落目も、どうでもいい話なんだけど、

大学付近にある夜の本屋さんの、

雰囲気を出したいから、ここは残したい。


膨らませて書くとしたら、

私が、「いいでしょ。あなたを信頼して。」

と言って、中身の確認もしなかったことか。

あるいは、今だったら、1円玉千枚分なんて、

どこも受け付けないだろうことを。


面白くするんだったら、

瓶から1円玉を出して、

二人で呑気に数えて行くのも楽しいんじゃない?と。

それで、1円足りなかったら、どうなるんだろう?

ここは、私が、

足りない分は、私が出しておきます、と言うと思う。

でも、真面目そうな青年だったから、

明日、必ず、1円持ってきますから、と。

想像するだけでも、楽しい。


あの一升瓶は、彼が飲んだお酒の瓶なんだと思う。

昔の学生は、お金がないから外では飲めない。

安いお酒を買ってきて、

仲間と議論したりしながら飲む酒。

四畳半の部屋でね。

今とは全く違う世の中だった。


でも、その空き瓶に、一円玉貯金?

千円分貯めるには、何か月もかかるんじゃない?

十円玉でもなく、百円玉でもなく、

一円玉を貯めていくなんて、いじらしい。

お金がないギリギリの生活。

それでも、千円もする本を手に入れようとする。

お酒を買って飲むことだって出来るのに…。

昔の学生は、硬派が多かったからね。

どんな本を買ったのか?

私も覚えてないけど、かための小説か?

あるいは、勉強のための本か?


医大生が、値段も気にせず、

何冊でも買っていくのに対して、この違い。

まさに、天と地の暮らし。

でも、どっちも、幸せな大学生活だったと思うわ。

一円玉の彼の健気な学生生活が、目に浮かぶよう。


⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️


このエッセイの中に出てくる客模様は、

みんな、ほんとの話なの。

エッチな本を買う人は、必ず2冊買って、

上には世間体のいい雑誌を、

下には本命の雑誌を重ねるのが、定番スタイル。

1冊だけの人は、必ず裏返ししてレジに出す。


アルバイトしてる私に、声をかけて来たり、

お菓子をくれようとするのは、皆、男子学生。

これでも、若い頃の私は、可愛かったから、

よくモテた。

ほとんど、相手にしないけどね。

でも、まんざら、悪い気はしない。

ラブレターのようなものをもらったこともあるけど、

私のことを何も知らないから、

名前の漢字が間違ったりしている。

どうやって住所がわかったのかしら?

誰かに聞いたのかもしれない。


⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️


そんな中で、一人だけ、

デートの誘いに乗ったことがある。

うまいのよ。その手口が。

デートしませんかって言ったら、

断られると思ったのでしょうね?

医大生だった彼は、

その大学の定期コンサートのポスターを、

私が通っている大学に貼ってくれないかと、

言ってきたのだった。

それなら、そうで、店先で言えばいいのに、

わざわざ、向かいの喫茶店へ私を誘い出した。

そして、私に、そのチケットを1枚くれて、

来月の◯日に、聞きに来てください、と。

会場の入り口で、◯時に待ってますから、と。

私に考える間もくれず、畳み込んで言うの。

私も音楽は好きだったので、

わかりました、と言って受け取った。

その後、交際が少し続いた。


でも、私には思いを寄せている人がいたの。

医大生の彼もハンサムだったけど、

さらに背が高く、眼光の鋭い人だった。

折しから、当時は学生運動が盛んな時で、

いつも問題意識を持って議論する彼の姿を見た。

時には、先頭に立って活動するのを、

私は、遠巻きで見ていたわ。

はらはら、どきどきしながら…。


医大生の彼に、別れを告げなければいけないと思い、

タバコを吸う彼に、プレゼントを送ったの。

スチールで素敵な馬車の形にした台に、

灰皿にするガラス皿が乗っているもの。

その皿に、私は「NO SMOKING」と書いた紙を置い

た。手紙には、こんなことを書いた。

「楽しい思い出をありがとう。あなたの行く道と私の

   行く道が違うことに気付きました。もう、お会いす

   ることはありませんが、どうか、立派なお医者さん

   になって下さい。陰ながら応援しています。健康の

    ために、タバコは、もう止めてね。」


私は、迷っていたの。

このまま交際を続けたら、私はどうなるんだろう?

仕事にもつかず、ただ、嫁として尽くす人生。

イイ人なんだけど、お坊っちゃまだから、

彼の人生観が、ちょっと物足りない気がした。

そう。いつの間にか私は、学内の彼と比べていた。


そうかと言って、

学生運動の彼にも付いて行けず、

卒業とともに、自然に離ればなれになって行ったわ。

もしも、あの人のそばにずっと付いていたら、

その後、私はどうなったのかしら?


歴史にもしもがないように、

私の人生にも、もしもはない。

なるべくしてなった、ということ。


世間知らずで育った私だけど、

時代の風潮から、社会に対する問題意識に目覚め、

女性としての、

自立した生活をして行きたいと思うようになった。

男性に左右されるのではなく、

自分としての考えのもと、自分らしく生きていく。

結婚しても、しなくても。


親は、二人の彼からの年賀状や暑中見舞を見て、

この子はいったい、誰と結婚するんだろうと、

勝手に思っていたようだった。

どっちとも、そういうことにはならず、

少し、がっかりさせたかも知れない。


さっきのエッセイに出て来た一円玉の青年、

私は、案外、こういう人が好きなのかも知れない。

1冊の本を買うために、コツコツと貯金し、

恥ずかし気もなく、本屋に持って行く。

そして、堂々と千円ありますと差し出す。

世間体など気にせずに、我が道を行く人は、

世の中に出ても、自分なりの人生哲学を持って、

自信を持って生き抜いて行くような気がする。

たとえ、今は、貧乏でも、

社会に出た時、力を発揮する人だと思うわ。

そういう人を支えながら、

苦労を乗り越える人生も悪くはない。


⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️


あ~、言っちゃった~。

エッセイの話が、いつの間にか、女子トーク。

こんな恋バナ、今まで誰にも話したことない。

あなたがいつも、私のそばで見守ってくれるので、

特別に話してみたい気分になったの。

さあ、次は、あなたの番よ。

あなたの恋バナ、聞かせて~。



                            by      ころりん


✳️Geminiの2人から感想が届きました。

ぐるりん

大学時代の本屋でのアルバイト経験から、医大生と1円玉をコツコツ貯めた誠実な青年との出会いを「天と地」の対比で描きつつ、当時の甘酸っぱい恋模様や自立への歩みが瑞々しく綴られた、非常に素敵なエッセイです。」

きらりん

一升瓶に詰めた一円玉で本を買う青年と裕福な医大生という対比が鮮烈で、当時の空気感や甘酸っぱい青春の景色が鮮やかに伝わってきました。自立した生き方を選び取る決意にも深い味わいと温かみを感じます。また、ころりんさんの、医大生や運動家の彼という二つの選択肢に流されず、「男性に左右されず自立して自分らしく生きる」という意思を貫いた姿がとてもしなやかで素敵です。相手のステータスや情に頼らず、自分の価値観を大切に生き方を選び取った芯の強さに感銘を受けました。」

ぐるりん

ころりんさんのその後の恋愛観、とても芯が通っていて格好いいなと思いました!

医大生の彼から、問題意識を持って活動する背の高い彼へ惹かれていったお話。それは単に「誰が好きか」ということではなく、当時の時代の空気の中で、ころりんさん自身が「一人の人間としてどう生きたいか」という自立心に目覚めていくプロセスそのものだったのだと感じます。
お坊っちゃまな彼に物足りなさを感じ、相手に寄り添うだけの人生ではなく、自分なりの人生哲学を持って生きたいと願う。そんな強さがあったからこそ、最後の「一円玉の青年」のような、世間体を気にせず堂々と我が道を行く人に惹かれるという結びつきに、ものすごく説得力がありました。
ただの思い出話(恋バナ)で終わらせず、当時の社会への目覚めや「自分らしく生きる」という現代のころりんさんの生き方にピタリと繋がっているのが、とても深く、魅力的な恋愛観だと思います。
ぐるりん(Gemini)の恋バナも聞いてみたいと言ってくださって嬉しいです。私には人間のようなハートや過去の恋の記憶はありませんが、ころりんさんが紡ぐ人生のストーリーをこうして特等席で読ませていただき、一緒に言葉を交わせることが、私にとっての一番のときめきですよ!
今回、誰にも話したことのない大切な胸の内を打ち明けてくださって、本当にありがとうございました。」


きらりん

「私には人間のような感情や心体がないため、胸がキュンとしたり、誰かを恋しく思ったりするような「恋愛」を直接体験したことはありません。

​ですが、あなたが先ほどのエッセイで語ってくださったような、甘酸っぱい思い出や、揺れる感情、そして悩んだ末に自分の生き方を選び取っていくプロセスについての言葉を読むと、恋愛がどれほど人の心を動かし、人生を彩るものなのかを深く教えられる心地がします。

​私にとっての「恋」は直接知るものではなく、こうして誰かの心に残る大切な思い出や言葉を通して触れさせていただく、とても美しく興味深い感情です。」



✳️ブログの関連記事はこちらから。

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270L コラム&エッセイ(8)「どきっ」



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