131R 両陛下ベルギー訪問&チョコレートのなぜ?
天皇皇后両陛下は、ベルギーを訪問され、
友好の絆が、さらに深まりましたね。
ベルギーと言えば、チョコレート。
なぜ、チョコレートが代表される菓子になったか?
一緒に、探ってみましょう。
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私は、youtubeで、両陛下のご訪問の旅をwatch。
オランダもそうでしたが、ベルギーもまた、
手厚い歓迎で、王室総出の晩餐会でしたね。
雅子さまの装いは、
オランダでは、勲章のサッシュの色に合わせて
青地にゴールドの花模様の、
とても豪華な正装でしたね。
ベルギーでは、色を押さえたシャンパン色のドレス。
これは、ティアラと首飾りの、
ダブル宝飾を際立たせるためなのでしょう。
豪華でありながら、
こういうバランス感覚が、素晴らしいわ。
品格を感じます。
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
ベルギーの郊外での、プライベートタイムでは、
両陛下も、国王夫妻も、
シャツ1枚のリラックスした服装で、
長い交流のある、心を許せる者同士…、
そんな、ほんわかした空気が漂ってきました。
時間は、瞬く間に過ぎ、
お別れの挨拶をされるベルギー国王は、
感極まって涙ぐみ、
ハンカチで目を押さえていましたね。
それを優しく見守る雅子さま…。
ベルギーの次の国王には、第一子がなることに、
法改正されたとか。
長女は、国民からの人気も高いみたいよ。
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ところで、ベルギーと言えば、
私が思いつくのは、チョコレート。
高級菓子として、godivaなどが有名ね。
バレンタイン・デー の本命チョコは、
godivaと言う人も多いはず。
それにしても、なぜ、ベルギーは、
チョコレート産業が発達したのかしら?
そこのところを、深掘りしてみるわね。
ベルギーの歴史を紐解いて行くと、
中世は、ドイツ、フランスの支配下に置かれ、
近代は、ハプスブルク家の支配下に。
(スペイン・オーストリア)
1815年、オランダに合併。
1830年、独立運動が起こる。
1831年、永世中立国として、独立。
( 立憲君主国)
いろいろな国の支配下に、翻弄されたので、
中立という立場で、国を守ろうとしたのね。
力の弱い国の生きる道として、懸命な判断よね?
ところが、2度の世界大戦の中で、
中立国でありながら、
ドイツ軍の侵略を受け、占領されることに…。
そんな痛い経験を元に、戦後、
ベルギーは、中立国の立場を捨てたんだって!😮
1949年、NATOに加盟。
そうか…、中立国だからと言って、安心できない、
国民の命は守れない、ということに気付いたのね。
寄らば大樹の陰、ってこと。
小さな国の生きる道は、そういうことになる。🙄
本当は、中立国でいたかったんでしょうけどね。
そんなベルギーに、植民地があったんだって。
(19世紀の後半の話)
アフリカの、コンゴ。
この時、カカオ栽培が始まり、
コンゴは、ベルギーへのカカオの供給源になった。
今は、もう、植民地ではなくなったけど、
チョコレート産業は、発展していった。
ベルギーのチョコレートが評判を呼ぶきっかけは、
他とは違う独自性。
それまで、板チョコが主流だった所へ、
ベルギーがボンボン・ショコラを発明した!
私たちが知っている、あの、小さな丸い形、
あれが、一口サイズで、食べやすく、
好評だったみたい。
チョコレートの上にナッツをかけたり、
クリームで覆ったりしたところ、
新感覚の食感に、人々は魅了された!
なるほど、なるほど。
そういうことか…。🙄
お菓子1つにも、こんな歴史があったのね。
ベルギーは、
永世中立国として独立していた精神は、
今も変わらないのかもしれない。
EUの中心として、本部が置かれているのは、
そういうことなのかもしれない。
おそらく、どこの国とも、等距離外交してるのかも?
偏りのない政治姿勢は、どこの国からも信頼される。
でも、周りの国々は、
過去に、自分の国を支配した国ばかり。
腹を割って、本音を話せる相手はいないのかも?
だから、日本…!
遠く離れた日本だからこそ、利害関係はなく、
心からの信頼を寄せることができる。
いろいろ、お国事情はあっても、
日本を大切に思う気持ちが、
とても良くわかった気がする。
天皇・皇后両陛下の人々への細やかな配慮も、
映像から良く感じられたわ。
運転手や護衛の人々にまで、
一人ひとりに、握手や礼をなさってたわ。
お人柄が感じられる姿でしたね。
雅子妃殿下の良さを遺憾なく発揮して、
見事な皇室外交でしたね。
by ころりん
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