50D 芭蕉俳句の五月雨とは、いつの雨?
五月雨を集めて早し最上川
有名なこの俳句の季語に着目して、
私たちのイメージが合っているか、
一緒に、考えてみましょう。
六月に入りましたね。
相棒のWHILL(電動車椅子)とともに、季語探しの散歩に出ました。
すぐ、目につくのは、この花。
そう。紫陽花。
ここは、いくつかの品種の寄せ植えね。
少し離れた所に、白だけのアジサイも。
これは、アメリカ・アジサイというらしいわ。
白だけというのも、気品に満ちて、素敵。
少し離れた公園の茂みの中には、
どくだみの花が。
俳句では、「十薬」として詠まれることが多いわ。
私は、その形から、
十という漢字を連想するけど、
十の薬効があるからとか、
いろいろな説があるみたいね。
俳句の中では、夏は、
立夏(5月6日頃)~立秋の前日(8月7日頃)
までを言うの。
便宜的に夏を3つに分けて、
初夏、仲夏、晩夏と呼ぶんだけど、
今は、どの辺りかしら?
現代日本人の感覚だと、梅雨が開けると、
気象予報士などは「夏本番」と言うわね。
でも、俳句では、「梅雨明け」は、晩夏の季語。
となると、今が仲夏?
初夏から仲夏への入り口というところかしら?
私の周辺で見る、仲夏の季語の代表格は、
やっぱり、紫陽花ね。
俳句では、他の呼び方もするの。
四ひらの花、手鞠花(てまりばな)、七変化。
そして、「皐月(さつき)」という季語も、この時期。
ん?驚いた?
「さつき」と言ったら、五月でしょ、って?
俳句の季語は、陰暦の頃の概念だから、
今の暦とは、感覚的なズレがあるので、
ちょっと、戸惑うわね。
なので、皐月は、今の6月頃に当たると見ていい。
そうすると、よく言う「五月雨」も、6月?
そうなの。
調べてみたら、梅雨(つゆ)という言葉は、
江戸時代に生まれた言葉で、
その前は、五月雨(さつきあめ)とか、
さみだれと、呼んでいたらしいわ。
と言うことは、
あの有名な芭蕉の俳句も、梅雨の時期のこと?
そうなのよ。
陰暦の五月に降る長雨を詠んだものなの。
五月雨を集めて早し最上川
この句を初めて学んだのは、中学生くらいかしら?
私は、てっきり、今の五月の情景だと
勘違いして読んでたわ。
だから、ちょっと、明るさを感じてた。
でも、ほんとは、じとじと雨が降り続き、
そこには、気分が陰鬱になりそうな、
重苦しい空気感があったのね。
う~ん、もう、
全然イメージが違ってくるわ。
そうだったのね。
やっと、分かった。納得。
芭蕉は、また、こんな句も詠んでる。
五月雨の降り残してや光堂
光堂と言うのは、
岩手県にある中尊寺金色堂のことで、
私の出身地、奥州市に近い、平泉にあるの。
この句の素晴らしさは、
梅雨の暗い景色の中、
雨によってすべての色が失われている世界に、
光堂が燦然と輝き、別世界に来たかのよう。
中七の「降り残してや」に、
芭蕉の言葉の選びの凄さを感じるわ。
色彩の対比を生み出し、
光堂をクローズアップさせて、憎い表現。
中尊寺と言えば、
芭蕉は、こんな句も残しているわ。
夏草や強者どもが夢の跡
中尊寺は、小高い丘の上にあって、
そこからは、眼下に、
北上川と周辺の景色が眺められるの。
そこに、この句が書いてあるので、
子供の頃から知っている俳句よ。
この景色を前に、
今は、のんびり平和な田舎の風景だけど、
壮絶な戦いがあった所なんだな、と、
時の流れの儚さ、無情感の思い。
芭蕉の感慨に更ける姿が浮かんでくるわ。
このブログでは、以前、芭蕉俳句の奥深さを
取り上げているので、
ぜひ、そちらも合わせて見てね。
by ころりん
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「5D 古池や…に見られる芭蕉俳句の奥深さ」
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あ、もっと簡単な方法があったわ。
ホームに戻り、右上の虫眼鏡に「5D」と入力。
これでも、出てくるわ。試してみてね。
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